WHITE CHRISTMAS

 白い吐息が、黒闇の中に溶けていく。
 なんとはなしにそれが面白くて、シロマルは続けざまに数度大きく息を吐いた。
 少年らしい肢体を包む白いコート。コートだけでなく、マフラーもウサ耳付きの帽子も真っ白である。
 この白ずくめの服装と、語尾に「マル」をつける独特の言葉遣いから、少年はシロマルと呼ばれていた。呼ばれるうち、一人称まで「シロマル」になったのは愛嬌と言うべきか。
 コートにマフラー、帽子と、防寒対策はバッチリのように見えて、手袋だけが欠けている。時折手を口許に運ぶ様子は、いかにも寒々しく。
「くろたん、早く来ないかなー」
 シロマルが立っているのは、すでに店じまいを終えたケーキ屋の前である。シロマルは、ここ数ヶ月、このケーキ屋でバイトをしていた。今は、迎えを待っているところ。
 ふぅっと息を吐いて、街の灯にかき消されそうな星空を見上げる。
 星の瞬きがおしゃべりに見えて、ちょっと微笑をこぼして。
 ふいに、ウサ耳がぴくりと揺れた。
 聞き慣れたエンジン音を見つけ、シロマルは駐車場の方へ走り出る。
 滑り込んできたレパードに、大きく手を振った。


「遅いマル」
 助手席に乗り込みながら、シロマルは唇を尖らせた。
 あたたかい車内に、コートを脱いで後部座席に放り投げる。
 下から現れたハイネックのセーターもパンツも、微細な色彩の違いはありながらも白一色。
「すまなかったな」
 運転席で応えたのは、あらゆる意味でシロマルとは正反対の――あるいは対となるような青年だった。
 こちらはVネックのセーターからボトムから黒一色で。まるで闇に沈んだように見える。
 童顔と言い切れるシロマルに対し、こちらは精悍な男の顔立ち。
 その瞳を優しく細めてシロマルを見る。
「遅くて遅くて、シロマルは死ぬところだったマル」
 悪戯っぽい笑顔で、シロマルは青年に手を差し伸べる。
 苦笑して、青年はシロマルの手を自分のそれで包み込んだ。
「冷たいな。あたためるのは、手だけでいいのか?」
「くろたんのいじわるー」
 クスクスと笑うシロマルの頬に、くろたんと呼ばれた青年は手を添えた。
 両頬を挟むようにして、おまけとばかりに唇を落とす。


 遠くはない帰路を、くろたんはわざわざ遠回りするコースを選ぶ。
「ウサギは、寂しいと死ぬらしいな」
 ステアリングを握りながら、くろたんは一瞬だけシロマルに視線を走らせる。
 正確には、そのウサ耳付きの帽子に。
「シロマルはウサギじゃないマルよ」
 ぴょこぴょこと、耳を弄りながらシロマルは言う。
「でも、くろたんと離れたら、生きていけないマル」
 クスクス、とシロマルは笑って。
「でね、くろたんにお話があるマル。くろたんと離れたら生きていけないシロマルは、できるだけくろたんと一緒にいたいマル。くろたんも、バイトするマルよ」
 宣言するように言い放ったシロマルに、くろたんは運転席で苦笑を洩らした。
「こらこら、シロマル。バイトしよう、って言ってできるものでもないだろう?」
「できるマル。おじさんから、くろたんもバイトしてくれる気はないか、って訊かれたマル」
 オレを? と、くろたんの瞳がわずかに見開かれる。
「何考えてるんだ、あの人は」
 と、くろたんはいかにも人の良い店主の顔を思い浮かべた。
「オレなんか雇っても、客が減るだけじゃないか?」
 強面の男がレジにいたら、お客は来づらいんじゃなかろうか。
「そんなことないマル。くろたんはカッコいいマルよ」
 ぷるぷると首を横に振り、シロマルはくろたんの考えを否定して。
「クリスマスまで、けっこう忙しいマル。だから、手伝ってくれる人がほしいマルよ。くろたんだったら、シロマルも嬉しいマル」
 だから、お願い。
 助手席から真摯に投げかけられる視線に、くろたんは溜息を一つ吐き出した。
「……了解。まったく、おねだりだけ上手くなりやがって」
「だからくろたん大好きマル」
 ピンクのハートが、助手席を中心に広がって。
 もし運転中ではなかったら、シロマルはくろたんに飛びついていただろう、と容易に知れた。
「これで、イブは一日中一緒マル」
 とどめの一言。


 翌日、早速くろたんはケーキ屋に挨拶に行った。


 そうして、くろたんのバイトが始まり。
 くろたんが危惧したようなことはまったくなく、逆にお客は増え。
 クリスマスケーキの予約も殺到し、店としては嬉しい悲鳴を上げていた。
 そして、イブ。
 店の前にワゴンを出して、予約以外の販売。
 こちらに、シロマルとくろたんの姿を見ることが出来た。
 いつもの白ずくめに、店が用意した白い縁取りのある赤いマントを羽織ったシロマル。
 やっぱり店が用意した、茶色い革のハーフコートを着て同じ色合いの指先のない皮手袋をはめたくろたん。くろたんの頭には、角も見える。どうやらカチューシャのようだが。
 美少年と美青年のサンタとトナカイ、という店の思惑は、どうやら大当たりだった。


 そろそろ店じまいと言う頃、シロマルとくろたんは店主に呼ばれた。
 振り向いた先で、シロマルは白い箱を渡されて。
「おじさん?」
 箱は、先ほどまで店頭で売っていたものと同じもの。
 ワゴンは空にした。店内にあったのは、予約の分だけのはず。
「二人とも頑張ってくれたから、ボーナスってことで」
 笑顔の店主に、シロマルは箱を潰さないよう気をつけながら抱き締めた。
「ありがとうございます」
 とっさには言葉が出ないシロマルの代わりに、くろたんが礼を言った瞬間に。
 おそらく今日最後のお客様が、自動ドアを空けた。
「す、すいませんッ! クリスマスケーキ、まだありますか!?」
 やけに焦った様子で飛び込んできて、叫ぶように言う。
「申し訳ありませんが……」
 売切れてしまいまして、と言おうとした店主を、くろたんが制して。
「ございますよ。最後の一つですので、サイズ等お選びにはなれませんが」
「あるんですか!? 良かったァ……」
 あるんだったら何でもいいです、というカンジの客に箱を渡すよう、くろたんはシロマルに合図する。
 不満そうに唇を突き出したシロマルが、ふっと大きく息を吐いて。
「はい、どうぞ」
 それでも笑顔で、箱を差し出した。


 泣き笑いみたいな顔で出て行く客を見送って。
「逆に、悪いことしたな」
 すまなさそうに言う店主に、シロマルとくろたんは笑顔を浮かべ。
「そんなことないマルよ」
「気持ちだけで十分ですから」
 声をかけて、店じまいをはじめた。


「残念だったマル」
 レパードに乗り込んだシロマルが、今になってそうぼやく。
「来年は三個くらい予約しておくよ」
 とがった唇に、宥めるようにキスを落として、くろたんは車を出した。
「オレと一緒というだけじゃ、ダメなのか?」
「ダメじゃないマル」
 くろたんの問いかけに、シロマルは即答するが。
 どこか納得いかない、とでも言うように、その瞳は沈んだままで。
 そんな助手席の様子に苦笑を噛み殺し、くろたんはいつもと違う道へとレパードを走らせた。
「くろたん?」
 道が違うことに気付いたシロマルが、首を傾げる。
「このまま、うちに来ればいい。明日は遅くていいと、言われたしな」
 暗に泊まっていけ、というくろたんに、シロマルの表情もようやくほころんだ。


 ケーキはないけれど、世の恋人たちと同じように愛を確かめ合って。
 翌日、二人はサンタからプレゼントをもらった。
 一日遅れのクリスマスケーキ。
「昨日はごめんね。その分のお詫びも込めたから」
 そうして、今日はお客もないだろうから、と。


 二人でくろたんの部屋に戻り、一日遅れのクリスマスパーティー。
 この時期には珍しく、舞い散る雪を眺めながら。